これまでの自分を振り返る

なぜ、過去を振り返るのか

【育ち】これまでを振り返る

生まれ育った環境の中で、
「何を感じて生きてきたのか」を見つめ、

そのときの気持ちを感じ直す。

幼い自分が
「過去に置き去りにした想い」を、

大人になった今の自分が
「わかってあげること」が、

自分を信じることに繋がります。

これまでの「生い立ち」を
振り返ることで、

今、「行き詰まっている理由」が
見えてきます。

幼く、何も知らなかった自分が
「思い込んだこと」は、

生き方の土台、考え方の基盤となり、

いつまでも、生き方そのものに、
影響を与え続けています。

「これからの自分」を信じるために
「これまでの自分」を振り返る

カウンセリングの中では「過去」を見ていくことが多くなります。

もし「過去」の自分を、受容していないとしたら、
いつでも「未来」は、不安なものになってしまい、
心を「今」に集中することが、難しくなります。

これまでの「自分の歩みを振り返ること」は、
自分の生き方を「根本から見つめ直すこと」に繋がる
のです。

今の自分は「これまで積み重ねてきた生き方」の延長上にいます。

不安定な「生き方の土台」に、立派な何かを積み重ねてみても、
もろくて、簡単に揺いでしまうことになり、

考え方が、根っこから歪んで「自分らしくない」としたら、
「成長するための努力」が、かえって自分を苦しめることにもなります。

それなのに、私たちは
「なぜ、自分がそんなことをするのか」
「どうして、こんな生き方なのか」を知らないまま、
無意識に
「自分はそういう人間なんだ」と思い込んで生きているものです。

「自分自身がどんな環境の中で生きてきたのか」

「家族からどのように扱われてきたのか」

生まれ育った環境の影響は、

自分という存在の「根っこ」として、大人になった今も、強く残っています。

これまでを振り返る

「生い立ち」を振り返ることは、原点とも言える、
純粋で無垢だった幼い頃につくられた「自分の基盤」を見つめ直すことなのです。

自分を守るための「思い込み」

人は幼い頃につくったルール、決まりごとを
大人になってもずっと守って生きているものです。

「決まりごと」は「当たり前」の日常の中で「無意識に」つくられます。

本当はさみしかったのに、我慢していたら、
「強い子だね、偉いね」とほめてもらえたり、

嫌なことから、本当は逃げ出したいのに、
大丈夫だと振る舞うことで「よく頑張ったね」と、
相手を安心させ、喜んでもらえたり、

小さな成功体験と、ちょっとした我慢が積み重なり、
知らず知らずのうちに、幼い心に「決まりごと」がつくられます。

「思ったことを言ってはいけない」
「弱音を吐いてはいけない」
「人を困らせるのは良くないこと」
「まわりのことを考えなくてはいけない」

特に子供とって大切な存在である親から与えられた「決まりごと」は、
それが、どんなに窮屈で苦しくても「頑張って」やろうとします。

そして、その経験したことの中から、
「無意識に思い込んだ決まり」に見合う結果ばかりを集めて、
「やっぱり、そうだった」という「自分の解釈通り」の現実をつくっていきます。

幼少期の体験によって
強く何かを「思い込んでしまうこと」が、
自分にとって「当たり前」だと信じている価値観やルールの土台になるのです。

ただ、「思い込み」は真実ではないため、
不自然で偏った世界観ができてしまいます。

「本当にしたいこと」ではなかったことが、
自分が「ここに居てもいい理由」「守るべき決まり」と結びついてしまい、
それが「自分の生き方」として身についてしまう。

そして、「決まりごと」に慣れ親しんだ頃には、
最初に「欲しかったもの」は、もう見失っているのです。

・本当は何が欲しかったのか

本当の気持ちを我慢してでも失いたくなかった
「大切な何か」を守る生き方は、
「思い込み」とともに繰り返されます。

そこには、受け入れられ、認められる喜びと一緒に、
子どもにとって何よりも大切な
「家族からの愛情を失うことへの怖れ」があります。

「そうしなければ、愛されない」
「それができないと、嫌われてしまう」
「見捨てられたら、どうしよう」という
子どもの頃に身につけた「思い込み」は、ずっと心の奥に潜んでいるのです。

感情にフタをして、心の奥に仕舞い込んだはずの「過去」

切り離すように目を背け、もう忘れたと思い込んでいた「記憶」

傷つきながらも、
自分が「ここに居られなくなったらどうしよう」という怖れから、
「もう、そんな怖い思いをしないように」
必死に何かを決めてきた、幼い自分の姿が心の奥にはあるのです。

「もう、終わったはず」の記憶

「これまでの自分を振り返る」そのとき、もし抵抗を感じるのなら、それは、
「見たくない自分の存在を知っているから」と言えます。

人は怖いことがあると、心を閉ざし、目をそらそうとするものです。

ですが、過去の自分を見ていくのは、良い悪いを判断するためでも、
自分を責めるためでもありません。

昔を思い出そうと考えただけで、つらくなったり、
心が苦しくなったりするのは、それだけ「大切なものがある証拠」でもあるのです。

かつての自分の気持ちを「感じ直すこと」は、
見失っていた何かを「見つけ出すこと」
に繋がります。

「当たり前」に信じている「記憶の世界」は、
そのときの自分が、
「何を見たのか」「何を聞いたのか」「人から何をされたのか」その事実よりも

自分自身が、そのとき「どう感じたのか」感情の記憶が、
もっとも強く刻み込まれていると言えます。

今、感じている生きづらさ、問題や悩みを目の前にした苦しさ、
行き詰まってしまった閉塞感の、その根っこには、
幼い頃の自分が、当たり前に置かれた環境の中で「感じていた」気持ちがあります。

もう、思い出したくなくて、フタをして、見たくないと片隅に追いやった記憶の数々、
抑圧した感情は「その時」はやり過ごせても、「その場」に留まり続けています。

「かつての自分が何を感じていたのか」その想いを、
本当にわかってあげられるのは自分だけです。

過去の出来事の重大さは、他の誰かと比較しても、あまり意味はありません。
大切なのは、
「自分にとって、どれほどの出来事だったのか」自分の意味を知ることです。

幼い自分には、理解など到底できなかったこと、でも、
今の自分になら、大人になった視点を通じて「わかること」があるのです。

未消化の感情をわかってあげる

どこにも行けず、

誰にも届かず、

消化できなかった気持ちは、

悲しみに変わり、怒りに変わり、あきらめに変わり、

それでも消えることなく、心の奥に残り続けています。

幼い頃の思い込みは、どうしようもなく無知で、

ただただ、純粋な気持ちから生まれた想いです。

そんな健気な想いを
「たいしたことではない」「もう終わったこと」と判断したり、
否定してしまうことは、大切な自分を無視するのと同じです。

抑圧してきた感情を見ないふりをして、なかったことにせず、
ちゃんと気づいてあげる。

置き去りにしてきた、自分の気持ちを見つけてあげる。

そこには、切実な想いを抱えた幼い自分が、かすかな希望を握りしめて、
どこにも行けず、その場に居続けているのです。

自分の姿は「自分には見えない」から

幼かった日々の中で、
どんな思いで、どんな風に生きてきたのかは、自分ではわからないものです。

「そうすること」が「当たり前」過ぎて、客観的な判断がしにくいのです。

過去の出来事の「感情が未消化になっていること」に
気がつかなかったとしても、代わりに、

「思い出すために起こるような出来事や人」が目の前に現れることになります。

幼い頃の「思い込み」によってできた「生き方の偏り」が
問題を引き起こし、同じような出来事を繰り返してしまうのです。

さらに、生き方の基盤が偏っていたり、土台が歪んでいると、
どこかで無理がきかなくなります。

当たり前にこなしていた「やり方」に行き詰まり、
途方に暮れる自分に気づいたとき、
かつて何かを思い込み、無意識に決めた生き方の限界がきたことを意味します。

「何のために生きているのか、わからなくなってしまった」

「未来に希望を見い出せない」

「問題を解決するための糸口すら見つけられない」

「鬱(うつ)のような状態で、何もやる気が起きない」

「行き詰まってしまって、前に進むことができない」そんな状況の背景には、

自分自身に課していた「偏った生き方」「制限」によって生まれた苦しみと、

これまでの生き方の根っこに抱えていた
「本当はしたかったこと」
「伝えたかったこと」
「わかってほしかったこと」
ずっと、抑えつけられていた「大切な想い」が、一緒にあります。

本心は何を求めているのかを見失い、
どうしたら、欲しいものが手に入るのかを忘れ、

本当の気持ちを抑圧したまま、これ以上、今までのやり方を続けられない。

どんなに自分を追い込んでみても、もう、身体の方が動いてくれない。

心の奥底では「今までの生き方の限界」を知っているのです。

・抑え込まれた感情は、どこへも行けない

たとえ、遠い過去の出来事の感情であっても、
それは、自分の一部であり、自分の生きてきた証です。

一度、心の中に芽生えた感情は、それが、未消化であるかぎり、

どんなにフタをして、消し去ろうとしても、決してなくなることはありません。

過去の出来事が、その時の感情をともなって
幾度となく思い出されるのはそのためです。

これまでを振り返る

過去に置き去りにしてきてしまった感情の存在は、
「今の自分」の感情や行動に影響を与えています。

目の前で起きた出来事をきっかけとして、過去の感情が出てきてしまい、
必要以上に怒りや悲しみ、絶望感を感じてしまったり、

逆に、不自然なぐらい無感覚になって
「何も感じない」と、自分自身が思い込んでいるのです。

「抑圧された感情」は、その存在を認めないかぎり、

「問題」を引き起こす原因になりながら、
心の奥底でくすぶり続け、

いつまでも、自分の中に「ある」のです。

これまでを振り返ることの意味

気づきは自分を救ってくれる

遠い昔に、傷ついた気持ちを心の奥に押し込めてつくった、
自分の中の「決まりごと」は、

「もう二度と、あんな思いをしないように」自分を守ってくれるはず。なのに、
「本当にほしいもの」は、まるで「ない」かのように扱われてしまいます。

幼い頃につくったやり方では、いつまでも本心は報われないのです。

自分のルール、考え方に従ってつくってきた「現実世界」の中で、
今、自分自身が「どう感じているのか」は、

心の奥にしまい込まれた「本当の気持ち」が、
自分が決めたルールに対して「どう感じているのか」と同じ
です。

幼い頃に何かを思い込み、
自分の気持ちを無視するように、本心を抑え込んでつくられたルールを、
今でも守り続けているとしたら、
そのまま、
行き詰まった閉塞感、絶望感を感じるような現実となるのです。

追いやっても打ち消そうとしても、ふっと蘇ってくる感情は、
まだ、くすぶっている「心の痛みのありか」を、

無視され、置いてきぼりにされ、忘れ去られようとしている「過去の自分」が、
大人になった「今の自分」に教えてくれています。

どうしても譲れない、大切な想いが根底にあるからこそ、
本当は傷ついていたこと、
本当はわかってほしかったことを、
「自分のこと」として受け入れるまで
様々な出来事、現象、人を通して、目の前に現れ続けるのです。

気がつくと繰り返してしまう「受け入れ難い出来事」に向き合い、
「未消化だった気持ち」の存在に気づき、
幼かった自分の姿を「心の奥の本心」とともに受け入れたとき、

これまで無意識に抱えてきた「自分を縛る生き方」は、終わります。

「置き去りにしてきた感情を見つけ出すこと」それは、

「なぜ、苦しい生き方をしていたのか」
「本当に欲しかったものは、何だったのか」

今までの意味を知ることです。

「思い込み」によって心の奥にしまいこまれた「自分の本心」を思い出したとき、
無意識に自分を縛っていた決まりごとは必要なくなり、
偏った生き方からも、自由になれます。

切り捨てるように置いていこうとしていた自分と「仲直り」するように、
幼い自分の「思い込み」から「自分の本心」を救ってあげることは、

結果として、
生き方の基盤を、土台から変えることになる
のです。


幼い頃に「自分が決めたこと」は、「気づいてはいけない」

幼く、純粋な心が、つくり出した「思い込み」は、

真実ではない。

偏って、歪んで、筋が通らない。

だから、気づいてしまったら、
すべてをわかってしまって、「終わる」

「思い込み」が、存在していられなくなる。

かつての自分が「決めたこと」だから、
その思い込みの矛盾すら、自分がよく知っている。

「わからないこと」

それが、
自分の決めたことを守り続ける唯一の方法。

何を思い込んでいるのかすら、気づけないまま、

かわりに、
その思い込みの存在を証明するかのような問題をつくり、

悩みとなる出来事を繰り返す。

それこそ、もの心ついたときから、そうしている。

「やっぱり、そうだったんだ」を拾い集め、
はじめに決めたことを強化して、
今、自分が置かれている現実がある。

苦しいはずなのに、
同じことを繰り返してしまうのは、
そこに傷ついた自分がいるから。

過去の古傷が痛むのは、ちゃんと気づいて欲しいから。

思い出して欲しい「想い」があるから。

だから、目をそらしている限りは、ずっと、そのまま。

かつての自分が受けた傷、
その痛みとともに「決めたこと」

でも、今の自分なら、「わかってあげられること」

その「思い込み」の奥に、
どれだけ大切な想いがあるのか

本当は全部、知っている。

過去の自分を、今の自分が見つめ直すのは、

自分のことを、責めるためではなく、

自分のことを、かわいそうだと嘆くためでもなく、

自分の「想い」を、救ってあげるため。

あの頃の健気な自分を、

心から、わかってあげるため。

これまで「してきたこと」の

自分にしか「わからない」本当の意味は、

すべて、

自分の中に「ある」から。


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